Share

第54話 消えた棚の空白

last update Tanggal publikasi: 2026-09-29 11:07:56

 王都へ向かった二通の返書が、まだ道中にある頃。

 辺境では、いつも通り朝が始まっていた。

 井戸の桶は回り、馬小屋跡では石敷きの続きが始まり、中継小屋では夜火の灰が丁寧に片づけられている。ヨハンは朝から車輪の具合を見ていて、ガレスは流民組の若者たちに「今日は石を運ぶ組と薪を運ぶ組を分ける」と説明していた。

 何も知らない者が見れば、ただの復興の朝だ。

 けれどレティシア・エーヴェルシュタインは、帳場の机に並んだ古い封筒を見ていた。

 王都紙。

 甘い香り。

 白蔦の若君。

 銀狐の留め具。

 ヴァイスナー侯爵家分家印に似た後援印。

 言葉にすれば、まだ断片ばかりだ。

 だが、断片が同じ方向を指し始めている。

 ルイスが古い書簡箱の中身を一枚ずつ確認していた。

 昨日まで
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terbaru

  • 「君の役目は妹で足りる」と婚約破棄されたので辺境へ去りましたが、滅びかけた王国より先に私の領地が大陸最強になっていました   第81話 監査の初手

    閲覧記録に、二つの名が並んだ。 ユリウス・フェルナー。 バルド・ロイエン。 それは、ただの署名ではない。 王太子府の監査使が、いつ、誰の立会いで、どの記録に触れたのか。 その最初の線だった。 ルイスは、その二つの名を見た瞬間、喉の奥が少し乾くのを感じた。 王都の役人が、自分の差し出した閲覧記録に名を書く。 つい最近までなら、考えられなかったことだ。 こちらが問い詰められる側。 こちらが見られる側。 こちらが頭を下げる側。 そう思っていた。 だが今、帳場の机の上では、王都の監査官もまた記録される側に入っている。 ルイスは、手元の紙束を整え直した。「こちらが、銀狐商会との試験取引第一便に関する記録です」 声は、思ったより落ち着いていた。「契約条件、取引数量、受領対価、町内配分、町荷車屋および荷運び組の参加記録を分けております」 フェルナー監査官は、黙って紙束を受け取った。 最初に契約条件を読み、次に数量表、最後に配分表へ目を通す。 速いが、雑ではない。 必要な場所で指が止まり、数字の端へ目が戻る。 紙を見ることに慣れている男の動きだった。 一方、ロイエン副使は椅子に深く座り、少し斜めの角度から帳場の中を見回していた。 棚。 封印札。 壁の現場図。 豆札一覧。 記録机。 そしてルイスの手元。 彼は紙だけを見ていない。 穴を探している。「銀狐商会との取引は、王太子府への事前許可を得ていないようですが」 ロイエンが、ふいに言った。 柔らかい声だった。 だが、その言葉はまっすぐ刃になっていた。

  • 「君の役目は妹で足りる」と婚約破棄されたので辺境へ去りましたが、滅びかけた王国より先に私の領地が大陸最強になっていました   第79話 王太子府の監査使

    王都からの正式な先触れが届いたのは、翌日の昼過ぎだった。 その時、レティシア・エーヴェルシュタインは中継小屋にいた。 火災から数日。 焦げた西側の壁は仮板に替えられ、薪置き場は三つに分けられつつある。まだ完全ではないが、少なくとも昨夜は三つの火が並んで灯った。 弱い火だった。 けれど、三つあった。 その事実だけで、町の者たちの表情は少し違っていた。「そこ、薪を積みすぎるな。上までぎっしり積んだら、また燃えた時に逃げ道がねえ」 ガレスが若い荷運びに声を飛ばす。「でも、少ないと夜に足りませんよ」「だから三つに分けるんだろ。ひとつに詰め込むな」 横でヨハンがにやりと笑った。「お前、もう完全に火の番頭だな」「うるさい」「いいじゃねえか。出世だぞ」「火事で出世したくねえよ」 二人のやり取りに、周囲から小さな笑いが起きる。 レティシアは、その笑いを聞きながら修理状況を確認していた。 油の染みた土は削り取った。 焼けた木片も、証拠として一部を保全した。 白蔦焼印の木片は、すでに封印三号として帳場の証拠棚に置かれている。 あとは、新しい薪置き場の屋根と、馬を落ち着かせるための柵。 少しずつ、元に戻っている。 いや、戻しているのではない。 作り直している。 そう思った時だった。 南道の方から、馬の蹄音が聞こえた。 速い。 町の者たちが顔を上げる。 やがて、砦の兵が一人、息を切らせて駆けてきた。「閣下!」「何?」「王都から正式な先触れです。王太子府の印があります」

  • 「君の役目は妹で足りる」と婚約破棄されたので辺境へ去りましたが、滅びかけた王国より先に私の領地が大陸最強になっていました   第78話 エドガル、動く

    エドガル・ヴァイスナーは、王都で最も嫌う音がある。 怒号ではない。 剣戟でもない。 民衆のざわめきでもない。 紙をめくる音だ。 薄い紙が一枚、また一枚とめくられていく音。 書庫の奥で、誰かが古い記録を掘り返している音。 それは、彼にとって剣より厄介だった。 剣なら防げる。 怒号なら受け流せる。 噂なら別の噂で塗り潰せる。 だが、紙は違う。 古い紙は、黙って待つ。 誰かが見つけるまで、息を殺して残っている。 そして一度見つかれば、過去の言い訳を今日の机の上へ引きずり出してくる。 王都ヴァイスナー家分邸の書斎で、エドガルは報告書を握り潰しかけていた。 白蔦会の仮倉庫。 北方旧所領の地図。 香油瓶。 王都紙。 白蔦の小印。 中継火に関する紙片。 そして―― エドガル様確認済。 馬鹿な。 彼は声には出さなかった。 誰がそんな紙片を残した。 誰が、そんな杜撰な言葉を書いた。 あれは自筆ではない。 もちろん、自筆であるはずがない。 だが問題はそこではなかった。 自筆ではないから無罪、などという甘い話ではない。 第二王子ルシアンは、そういう男ではない。 あの地味な王子は、紙片一枚で人を斬らない。 紙片の周囲にある記録を集め、物の流れを並べ、関わった人間の足跡を拾い、最後に逃げ道を塞ぐ。 そういう相手だ。 そして厄介なことに、辺境にも同じことをする女がいる。 レティシア・エーヴェルシュタイン。 王太子の婚約者だった女。 切り捨てられ、北方旧所領へ送られたはずの女。

  • 「君の役目は妹で足りる」と婚約破棄されたので辺境へ去りましたが、滅びかけた王国より先に私の領地が大陸最強になっていました   第77話 白蔦会の部屋

    王都の朝は、まだ少し肌寒かった。 空は薄曇りで、王城の尖塔は灰色の光をまとっている。貴族街の石畳には夜露が残り、馬車の車輪が通るたびに、濡れた音がかすかに響いた。 第二王子ルシアンは、王立書庫の奥で短い報告書を読んでいた。 辺境から届いた、中継小屋火災の一報。 薪置き場から出火。 油布片。 白蔦焼印木片。 種火付近の別火種。 中継機能は限定的に維持。 夜火三箇所、仮復旧。 最後の一文に、彼はしばらく目を止めた。 燃やされたのに、火は三つに戻った。「……あの土地は、よく踏みとどまる」 独り言のように言うと、近習のカイルが小さく頷いた。「現場で修理まで始めたようです」「火をつけた側からすれば、面白くないだろうな」「でしょうね」 カイルの返事には、少しだけ苦さがあった。 彼はつい先日、療養院でベルナール・ロックと接触している。 そして、ベルナールが残した震える一文を持ち帰った。 箱は若君へ戻した。私は中身を決めていない。 まだ断定には足りない。 しかし、王都と辺境を結ぶ線としては十分すぎるほど重い。 ルシアンは報告書を閉じた。「白蔦会の仮倉庫は」「押さえています」「ヴァイスナー家分邸の近く、だったな」「はい。表向きはランベール香房の保管部屋です。香料商の倉庫という扱いで借りられていました」「香料商か」 ルシアンは、ほんのわずかに目を細めた。 香木。 香油。 王都紙。 白蔦会。 辺境に届いた空箱の香りと、王都の倉庫の香りが、同じ線の上にある。

  • 「君の役目は妹で足りる」と婚約破棄されたので辺境へ去りましたが、滅びかけた王国より先に私の領地が大陸最強になっていました   第76話 消えなかった火

    火事の翌朝、北口中継小屋は焦げた匂いに包まれていた。 空はよく晴れている。 腹が立つほど、青かった。 昨夜あれほど煙を吐いた薪置き場は、黒く焼け、ところどころ炭のように崩れている。西側の壁には焦げ跡が残り、屋根の端も一部が傷んでいた。 けれど、小屋は立っていた。 全部は燃えなかった。 夜火も、二つは残った。 レティシア・エーヴェルシュタインが現場へ着いた時、すでに何人もの町人が集まっていた。 誰かに命じられたわけではない。 ヨハンは焼け残った板を選別し、ガレスは若い荷運びたちに「使えるものと捨てるものを混ぜるな」と言っている。鍛冶屋の親父は焦げた金具を拾い、蹄鉄屋の主人は馬を近づけすぎないよう柵の位置を変えていた。 豆売りの女主人は、大鍋を抱えた炊事長と一緒に、朝から湯気を立てている。「昨夜の連中、腹に何か入れないと動けないよ」 豆売りの女主人が言うと、炊事長が鼻を鳴らした。「言われなくても作ってるよ。今日は薄い汁じゃない。豆も根菜も増やした」「いいね。火を消されかけた日に汁まで薄かったら、縁起が悪い」 その会話を聞きながら、レティシアは焦げた薪置き場の前で足を止めた。 昨夜は、ただ火を止めるだけで精一杯だった。 だが、朝になれば見えるものがある。 どこから火が入ったのか。 どこで止まったのか。 何が燃え、何が残ったのか。 火事の跡も、雨上がりの道と同じだ。 嘘をつかない。 ディルク・ヴァルゼンが横に立つ。「西側の薪置き場は作り直しです」「ええ」「壁板は半分ほど替える必要があります。屋根端も補修が必要です」

  • 「君の役目は妹で足りる」と婚約破棄されたので辺境へ去りましたが、滅びかけた王国より先に私の領地が大陸最強になっていました   第75話 中継小屋、燃える

     黒い煙は、風に流されながら北口の空へ伸びていた。 最初は細かった。 だが、レティシアたちが中継小屋へ近づくにつれ、その煙は次第に太く、濃くなっていった。 焦げた木の匂いがする。 湿った薪が燻る匂いではない。 乾いた木材に火が入った時の、嫌な熱を含んだ匂いだった。「水桶を回せ!」 ディルク・ヴァルゼンの声が飛ぶ。 兵たちが井戸へ走る。 荷運びの若者たちも、それに続いた。誰かが命じたわけではない。煙を見た瞬間、自分たちの足で動いていた。 北口中継小屋は、町と外を結ぶ場所だった。 荷車が一時的に止まり、馬が休み、夜には三つの火が人の位置を知らせる。 まだ粗末で、板も不揃いで、屋根の一部は古材をつぎはぎしただけ。 それでも、この町にとっては大切な“場所”になっていた。 その一角から、火が上がっている。「薪置き場だ!」 先に駆けていたヨハンが叫んだ。 見ると、中継小屋の西側、夜火用の薪を置いていた場所から炎が出ていた。 幸い、小屋全体にはまだ回っていない。だが風向きが悪い。放っておけば、屋根の端へ移る。 ガレスが水桶を抱えて走り込もうとした。「待って!」 レティシアは鋭く止めた。 ガレスが振り返る。「でも、火が!」「全部に水をかけないで!」 レティシアは現場を見た。 燃えているのは薪置き場の外側。 その奥には、まだ乾いた薪が残っている。 さらに少し離れたところには、夜火のために残してある種火と、鍛冶場へ回す予定の炭袋があった。 ここでむやみに水をかければ、火は弱まる。 だが同時に、必要な種火も薪も駄目になる。 濡れた薪しか残らなけれ

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status